イチローズモルトを作った「現代のマッサン」

1セット6000万円の値がついた、世界が絶賛するジャパン・ウイスキー
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発酵槽でつくられたもろみを、こちらの銅製のポットスチルに移し、二度蒸留するとアルコール度数約70%の原酒ができる。ときには肥土氏自ら品質をチェックすることもある
 昨年8月、香港で行われたオークションで、埼玉・秩父にある小さな酒造会社「ベンチャーウイスキー」の「イチローズモルト」54本セット(カードシリーズ)が、なんと379万7500香港ドル(約6000万円)で落札された。
 サントリー、ニッカウヰスキーの2社で9割を占める日本ウイスキー界にあって、突如として頭角をあらわしたイチローズモルト。海外の権威ある賞を次々獲得し、いまや世界中の愛好家をトリコにするブランドに成長した。社長の肥土伊知郎(あくといちろう)氏(50)は、
「人気があるのは嬉しいけれど、(オークションで落札された値段は)とても飲み物の価格とは言えませんよね。つくり手としては、やはり味わってじっくり楽しんでほしいのですが……」
 と語る。ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。
廃棄寸前の原酒を引き取り
 肥土氏は埼玉で江戸時代から21代続いた造り酒屋のひとり息子。東京農業大学で醸造学を学んだ後、サントリーに入社した。輸入洋酒を扱う営業マンとして優秀な成績を上げていたが、30歳を目前に、実家「東亜(とうあ)酒造」の経営が傾き、父親に呼び寄せられる。
「実家では主力となる日本酒や焼酎以外にも、『羽生(はにゅう)蒸溜所』(埼玉)でポットスチル(蒸留器)を導入して本格的なモルトウイスキーをつくっており、私はこれに強く興味を惹かれました。他の国産では味わえない力強さがあり、『売ってみたい』と思ったんです。従業員からは『バカ息子が何やってんだ』と冷ややかな目で見られましたが(笑)」
 肥土氏がウイスキーの魅力にのめりこんでいく一方、会社の業績は回復せず、’00年に東亜酒造は民事再生法を申請。経営は従業員ごと他社に譲り渡すことになった。ところが譲渡先は、日本酒と焼酎部門のみ引き取り、採算が合わないウイスキー部門は受け取りを拒否した。
「祖父が仕込んだ400樽の原酒は、樽ごと廃棄したいと告げられてしまいました。ビールなどと違ってウイスキーづくりには膨大な時間がかかる。熟成期間は最低3年、長ければ30年。祖父のものは、あと少しで”20歳”を迎えようという原酒でした。それを、みすみす捨てることなど、とても耐えられなかったですね」
 祖父や父の思いがこめられた酒を守るため、肥土氏は’04年に新会社を設立。400樽をすべて引き取り、自らウイスキーづくりに挑戦することにしたのだ。
「まずはシェリー樽やバーボン樽などに移し替え、さまざまな風味をつけて原酒のバリエーションを豊かにしました。異なる樽の酒を何百通りと組み合わせ、どんな味になったか、ひとつひとつ確かめていく。これぞという酒ができれば、小瓶に詰めてバーに持ち込み、感想を聞いて試行錯誤する。その繰り返しでした」
 気がつけば、巡り歩いたバーは2年間で2000軒以上。サントリーの営業マン時代の経験と人脈が生きた。こうしてようやく’05年に誕生したのが「イチローズモルト」である。翌年には早くも英国の専門誌のジャパニーズウイスキー部門での最高得点を獲得するなど、国内外で高い評価を得た。
時を受け継いでいく仕事
 しかし、受け継いだ原酒はいずれなくなってしまう。ウイスキーづくりを続けるならば新たな原酒を仕込んでおく必要がある。蒸留所の新設など無謀だという声もあったが、勝算があった。
「(ウイスキーの本場)スコットランドにはたった3人の蒸留所だってあるんです。規模は小さくとも個性ある酒づくりをしていけば、必ずやっていけるという確信がありました。銀行は出資を渋ったのですが、必死に説得しました」
 その甲斐あって、周囲の協力が得られ、’07年ついに「秩父蒸溜所」が完成。’11年に発売したウイスキーは、各方面から絶賛された。その一部は、祖父から受け継いだ古い原酒ともブレンドされ、さらに豊かな味わいをつくり出した。
「いずれは原料をすべて秩父産の大麦にしてみたいんです。この土地特有の気候と風土を活かし、ひとくち飲んだだけで『ああ、秩父だな』とわかるような個性的な味わいをつくるのが目標です」
 大手では難しいこだわりを追求できる一方、小さな蒸留所ゆえ一日1~2樽と生産量は少なく、年間でも9万Lしか生産できない。そのため、”ウイスキー界の獺祭(だっさい)”と言われるほどの品不足状態が続いている。出荷すれば即完売。希少性がさらに人気を沸騰させているが、肥土氏に浮き足だった様子はまるでない。
「先人たちのつくったものを、いまを生きる私たちが売り、私たちがつくったものを後世の人が売る。ウイスキーづくりとは、そうやって時を受け継いでいく仕事なんです。時は命そのもの。サラリーマン時代は1年単位で物事を考えていたのが、いまは30年単位になりました。22年後、秩父で生まれ秩父で寝かせた30年モノのシングルモルトを皆さんとともに味わう、それが私の夢なんです」
 ニッカ創業者、「マッサン」こと竹鶴政孝氏にも劣らぬ情熱で、肥土氏は今日もウイスキーに新たな命を吹き込んでいる。
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約6000万円もの値をつけた、「カードシリーズ」の一部。知名度の低さを補うため、トランプの絵柄をあしらったキャッチーなラベルにした
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湿度が高く、寒暖差の激しい秩父では熟成がはやく進む。4つの貯蔵庫があり、約4500樽が熟成されている
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店頭での価格は700ml瓶で一本3780円~1万円程度。右端は、祖父の作った原酒とのブレンド、「ダブルディスティラリーズ」
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西武秩父駅から車で30分の場所にある。現在従業員はわずか13名
撮影/古市和義 取材・文/増田明代
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