風間トオル 「アサガオ食べて空腹を満たした貧乏時代」

元トレンディ俳優が明かしたデビュー前秘話
風間トオル 「アサガオ食べて空腹を満たした貧乏時代」 画像1
かざま・とおる ’62年、神奈川県生まれ。阿部寛とともに「ノンノ・ボーイフレンド」に選ばれる。出演作品は映画『沈まぬ太陽』やNHK大河ドラマ『毛利元就』など。6月3日から舞台『極楽町一丁目』(東京・足立区のシアター1010)に出演する
「毎日、お腹がすいて仕方がありませんでした。ガッツリ食べられるのは、学校の給食くらい。あるとき、家の近くの公園で女の子たちがつつじの花をつみとって、口に運んでいるのを見ました。『甘いね』『美味しいね』なんて言い合って。ボクもつつじを根元からとって吸ってみたら、本当に甘かった。それからですよ。ボクが公園の花や雑草を食べて、飢えをしのぐようになったのは」
 ’81年にファッション雑誌『Fine』でモデルデビューし、『ハートに火をつけて!』(’89年、フジテレビ系)などのトレンディドラマに出演、いまも俳優として活躍している風間トオル(53)。新著『ビンボー魂』(中央公論新社)では、貧しすぎる少年時代のエピソードを赤裸々に明かしている。以下は風間の回想だ。
●お風呂の代わりは洗濯機!?
「5歳のときに両親が離婚して以来、祖父母に育てられたんです。祖父母はリタイアしていましたから、家族3人で年金頼みの極貧生活をしていました」
 住んでいたのは、神奈川県川崎市内の錆びたトタン屋根のアパート。6畳1間の一室だ。すきま風が入り、雨が降ると天井から雨漏りがした。
「風呂もなく、銭湯に行くおカネもありません。体は屋外にある洗濯機で洗っていました。水を満たした洗濯機に石鹸を持って服を着たまま入り、広げた両足を洗濯機の内側で突っ張らせてスタンバイ。そのまま洗濯機を回します。2〜3分たてば、服も体もキレイになるので一石二鳥でした。祖父母が留守のときに洗っていたので、叱られたことはありません」
 小学校低学年のときに初めて銭湯に行ったさいには、「プールみたいだ!」と大興奮。ハシャギすぎてタイルの床を走りまわり、滑って頭を打ったという。
●虫歯はペンチで抜きケガはツバで治す
 風間は歯が弱く、小学校の歯科検診では常に「歯医者さんに行きなさい」と注意されていた。でもカネがない。
「治療費はバカにならない。祖父母に負担をかけてしまいます。それで虫歯はグラグラになるまで放置し、ゆるくなったころを見計らってペンチで抜いていたんです。血は出ましたけど、ティッシュをつめてガマンしました」
 包丁で手を切って骨が見えるほどのケガをしても、指がただれるようなヤケドをしても、治療費がないから病院に行けない。祖母は風間をこう諭(さと)した。
「出血がヒドイときでも、ツバをつけて心臓より手を高く上げとけば治るよ」
 言いつけどおり、風間はどんな大ケガをしてもツバをつけてガムテープを巻き、傷口がふさがるのを待った。幸い、大事にいたったことは一度もない。
●空腹でカマキリの足をかじると……
「食べるものがないから、常に空腹です。朝、布団のなかでモソモソしていると、カマキリが枕元に迷い込んできたことがあります。あまりにお腹がすいていたので、つかまえて足をかじってみたんです。イナゴの佃煮があるぐらいだからカマキリも食べられるかと思ったら、苦かった……。草もタンポポやミツバなど、いろいろ試しましたよ。なかには舌が痺(しび)れたりして、食べられないモノもたくさんありました。でも焼き肉や焼き鳥店の換気扇の下に生えている草は、ほんのり肉の風味がしてたいがいうまかったなぁ。とくに美味しかったのが紫色のアサガオ。甘くて素揚げにピッタリでした」
 風間は小学生のころからモテた。バレンタインデーには女の子たちからチョコレートを毎年20個以上もらったが、365等分にして毎日大切に食べていた。
 20歳のときにスカウトされ、芸能界デビューしてからも幼少期の極貧体験は生きている。海外ロケなどに行っても、危険な食べ物を見分けられるという。お腹を壊してもだえるスタッフを尻目に、風間だけは平気。「貧しいことにコンプレックスを持っていましたが、おかげで生き抜くためのたくましさが身についた」と、風間は幼少期の体験に感謝する。
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デビュー直後の1枚。サーフィンをしているとき海岸でスカウトされた
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小学生時代の風間(後列右から2人目)。空腹に耐え「よく夜空をながめていたので視力は3.0」と笑う
PHOTO:小松寛之
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