原発族への六つの手紙 今口賢一(画家)

原発族への六つの手紙 今口賢一(画家) 画像1
被爆した息子(今口さん)を救おうと、ドクダミの葉を煎じて飲ませる母を描いた絵。「戦争の恐ろしさを知らない人たちが憲法改正を唱えるのに違和感を覚えます」と今口さんは言う
Photo:船元康子
「被爆の苦しみは死ぬまで続くのです」
「被爆者である自分が、もっと大きな声で原発反対を訴えていかなければならない……そんな強い思いが湧いています」
広島県出身の画家・今口賢一さん(74)。6歳の時に広島市内に原爆が投下され、爆心地から2㎞の国民学校にいたため、被爆した。
原爆と原発ー。戦争による殺戮(さつりく)と天災による事故という違いはあるが、福島のことを考えると、心が痛むという。
「私も放射線の影響で身体に異常をきたし、『死ぬんじゃないか』と思ったこともある。だから、福島の人たちが『いつ身体に異変が起こるか』という不安を感じる気持ちがわかります。健康の問題だけではありません。被爆すると心にも深い傷を負うのです。いつまでも『被爆した』という事実に縛られることになる。たとえば結婚にも差し障りが出るんですね。私の弟は結局、結婚できませんでした」
今口さん自身も、地元の原爆被災者の会の活動の一環で被爆者の家を訪問したときに、塩を撒(ま)かれたことがあるという。
「『来るな! うちの子供が結婚できなくなるだろ』と言われましたね。
 報道で見たのですが、福島に住む母親が『子供の被ばくのことが不安で仕方ない』『言うのも憚(はばか)られる』と言っていました。彼女たちの気持ちは痛いほどよくわかります。福島でも、そんな差別が繰り返されるのではないかと心配で、いたたまれなくなるのです」
今口さんが自らの被爆体験を絵にし始めたのはいまから31年前のこと。母親が亡くなったのがきっかけだった。
「被爆してケガを負った自分を抱いて避難してくれた母。衰弱した自分を気丈夫に看病し続けてくれた母。そんな諸々の思いを絵にしようと思った」
約6年かけて描き上げたのがこの一枚だが、今口さんはその絵を裏返しにしたままアトリエに眠らせていた。被爆者であるということを世間に知られたくなかったからだ。
だが、決心して絵を世に出してからは「体験したこと、感じたことを世に伝えなければ」と思うようになった。そんな中、福島第一原発の事故が起こった。現在、今口さんは24作目となる絵を描きながら、核の危険性をもっと知ってもらいたいと痛感しているという。
「安倍総理をはじめとする原発推進派は、〝原子力村〟の人の話しか聞かない。なぜ私たちの声を聴いてくれないのか。広島・長崎での多くの犠牲の上に戦後の70年は成り立っているわけです。もっと謙虚に『被ばくするということは、これだけ怖いんだ』とわかってもらいたい。そして、これ以上この国に原発を増やしてはならないと、考えを改めてもらいたいのです」
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