緊急取材 これが「覚醒剤中毒」の最先端治療現場だ!

国立病院機構
下総精神医療センターに
本誌カメラが入った!
清原もASKAもシャブ中から
抜け出すにはこの方法しかない
緊急取材 これが「覚醒剤中毒」の最先端治療現場だ! 画像1
「注射を打っていたのは左右、両腕です。僕は針を刺したら1回でスッと入れてしまうほうが好きなんですけど、注射器のピストンを5回も6回も押し引きして、血液を注射器のなかに逆流させる常習者もいます」
 グレーのスウェットジャンパーに黒のハーフパンツ、素足にサンダルというラフな恰好で現れた男性は、視線をテーブルの上に向けたままそう言った。視線の先に整然と並べられていたのは、ジップ式の小さなビニール袋に入った白い粉末、注射キット、細いストロー、ハサミ、栓抜き、280㎖の水のペットボトル。男性は手慣れた様子で準備を始めると、躊躇なく左腕の袖をまくり上げて注射器を持ち直し、ピストンをゆっくり押し進めた。
「どう? いい感じ?」
「はぁっ(大きな溜め息)……すごいっすね。変な感じだな……。腕がひんやりして……なんか、興奮しますね」
 男性に先ほどまでの笑顔はなく、声がやや上ずり、頬を紅潮させて、しきりに額や頭を触り続けた――。
「条件反射」を抑える
 上の写真は、まさにいま、シャブ中の男性が覚醒剤を打ち、ガンギマリの状態になった瞬間を捉えた一枚であるかのように見えるが、実は、ここは病院の中。薬物常習者に対する治療で知られる下総(しもふさ)精神医療センターの一室で、治療中の様子を撮影したものだ。会話の相手は、主治医である薬物依存治療部長の平井愼二医師。
 当然ながら、白い粉は本物そっくりに作ったフェイクで、男性は実際には注射もしていない。注射器は、初めは樹脂の針が付いた実物大のものが使われていたが、打つ直前になって、ピストンを押し引きすると注射器の中に血液が逆流するように見える仕掛けが施された治療用の疑似キットに取り替えられていた。
 なぜ大の大人が、こんな「覚醒剤ごっこ」をしているのか。しかも病院のなかで――。
「覚醒剤中毒は治療が非常に難しい病気で、一度止めても再使用したり再逮捕されたりする患者が非常に多い。しかし平井先生が取り組んでいる治療法は治癒率が高く注目を集めています。ASKAさんが保釈された後、この病院に入院したと報じられ、マスコミが殺到して大騒動になったこともありました。清原(和博)さんもきっとここで治療を受けるに違いないという情報も流れ、一時期、記者やカメラマンが張り込んでいましたが、結局清原さんは姿を見せませんでした」(同病院で治療を受けた患者の一人)
 冒頭の男性は、「18歳から薬物に手を出し、ヘロイン以外は一通り何でもやってきた」という筋金入りの覚醒剤使用の常習患者(35)。
「売人もしていたし、刑務所も4回入っています。初めは自分一人の力で止められると思っていました。でも、専門の病院で治療しなければ無理だと感じて、初めて自分で決意して入院しました」
 実は、覚醒剤は長く常用していても、激しい禁断症状が出ることは少ない。だが、ふとしたきっかけでスリップ(再使用)してしまう。たとえば、よく注射を打っていたトイレや、覚醒剤を溶く水のペットボトルなど、普通の人が見ても何も感じない場所や物を目にすることで欲求のスイッチが入る。
 それは、例えば「梅干し」と聞くと、食べてもいないのに、唾が出てくるのと原理は一緒だ。「条件反射」といって、ある行為を繰り返すことで脳に生じる神経作用をいう。ここに着目して開発されたのが「条件反射制御法」だ。患者が覚醒剤を使うことで脳に刷り込まれた「条件反射」を抑え、さらに心を落ち着かせる新たな「条件反射」を脳に覚え込ませて、これを維持させる。つまり、下総精神医療センターで「覚醒剤ごっこ」をしているかのように見えた冒頭の光景は、覚醒剤に対する条件反射を抑えるための治療だったのだ。
 ちなみに、写真の男性が受けているのは「疑似」という第2段階の治療のごく一部。実際は、10〜12週間の入院治療を基本に、4段階の治療ステップが細かくプログラムされている。
 疑似注射は、覚醒剤を打っても快感を得られないという「空振り」の反射反応を身体に覚え込ませるのが目的だ。薬物を常用していた患者は、覚醒剤を使っていたのと同じ手順で疑似注射を行うと、冒頭の男性のように、あたかもスリップしたような反応が身体に表れる。中には、汗が噴き出し、「ウォーッ」と叫び声を上げる人もいるという。覚醒剤の条件反射はこれほど強烈なものなのだ。
希望はあるのか
「13歳でシンナー、25歳で覚醒剤を覚え、多いときは1日4回大量に打っていた」という男性患者(50)は、3年9ヵ月の服役を終えてここへ入院。すべての治療を終え3日後に退院を控えていた。
「刑務所では従来の薬物依存症の治療プログラムを勉強していましたが、いまひとつつかみ所がなくて、自分にはピンと来なかったのです。そんなときに、新聞広告で平井先生の『条件反射制御法入門』という本を偶然知りました。すぐ取り寄せて読んで、これだ! と思いました。それで平井先生に手紙を書いたら、『出所したら、うちへ来なさい』とお返事を頂いたんです。最初はこんなことを何回もやるのかと思うこともありましたけど、先生の言う通りにやっていくと、本当に本に書いてあった通り、ジェスチャー付きのおまじないで心身の高ぶりがスッと治まり驚きました。徐々に反応が出なくなり、いまは『覚醒剤』と聞いても、疑似注射をしても、何とも思いません。人生、あきらめかけていたけど、もう一度、社会へ出る勇気が湧きました」
 この日、冒頭の男性患者の治療中に印象的な光景があった。初めての疑似注射で出た思いがけない自分の身体の反応に戸惑い、不安げな表情を見せていた男性に、平井医師は「あなたの治る確率は何%か知ってる?」と尋ねた。「わかりません」と自信なさげに小さな声で答えた男性に、
「100や、100! 絶対治るよ」
 平井医師はそう力強く言い切った。男性は一瞬で表情を変え、その瞳に希望の色を浮かべた。
 一度、薬物依存という蟻地獄に足を踏み入れてしまうと、自分ひとりでそこから抜け出すことは非常に難しい。清原被告の初公判は5月17日に行われた。罪を償い、正しい治療を受ける。清原被告に残された道はそれしかないはずだ。
緊急取材 これが「覚醒剤中毒」の最先端治療現場だ! 画像2
【1】
男性患者は手慣れた様子でストローをハサミで半分にして簡易スプーンを作ると、栓抜きの背を使ってビニール袋に入った粗い粒を丁寧に砕いていった
緊急取材 これが「覚醒剤中毒」の最先端治療現場だ! 画像3
【2】
疑似注射のキットは、注射器のなかに自分の血液が逆流する様子がリアルに再現される。その血の色は、覚醒剤の常習者特有のえんじ色だった
緊急取材 これが「覚醒剤中毒」の最先端治療現場だ! 画像4
【3】
治療の際は、チェックシートに患者自身が治療の内容や、自分の身体に出た反応を書き込んでいく。たとえば、発汗、のどの渇き、快感など
緊急取材 これが「覚醒剤中毒」の最先端治療現場だ! 画像5
【4】
「私はいま、もの(覚醒剤)をやれない、大丈夫」。それぞれの患者にあわせた「おまじない」を動作つきで行う。これも重要な治療の一環だ

自分の意志では止められない
シャブ中患者を襲う
スリップ(再使用)の誘惑
緊急取材 これが「覚醒剤中毒」の最先端治療現場だ! 画像6
疑似注射の3回目。男性が注射を打つ直前に、平井医師が注射器を取り上げて中断すると、男性は注射を打ちたくて仕方がない様子を見せた。平井医師は男性を壁に向かって立たせ、「おまじない」を1度行うよう促した。男性がその通り行うと(上写真【4】)、何か憑きものが落ちたかのように顔つきも声も穏やかになり、男性は落ち着きを取り戻していった――。疑似注射を繰り返し行うと、注射の直後の反応は徐々に弱まっていく
緊急取材 これが「覚醒剤中毒」の最先端治療現場だ! 画像7
診察室は非常に広い。「万が一、患者が興奮して暴れ出したときもさっと避難するため」(病院関係者)という
緊急取材 これが「覚醒剤中毒」の最先端治療現場だ! 画像8
診察室には薬物検査の試薬が常備されている。尿検査でほとんどすべての違法薬物の使用状況が判明する

再犯率は非常に高い
シャブ中という蟻地獄から
抜け出すことはできるのか
緊急取材 これが「覚醒剤中毒」の最先端治療現場だ! 画像9
この病棟の出入り口は常時施錠されていて、窓には鉄柵が、通路の随所には監視カメラが設置されている
取材・構成/青木直美(医療ジャーナリスト)
PHOTO:鬼怒川 毅
あなたにオススメ

FRIDAY GOLD

10月18日発売
friday gold