現地ルポ 熊本大地震2ヵ月「変わらぬ震災の爪痕」

またもや震度5弱の揺れに襲われた
現地ルポ 熊本大地震2ヵ月「変わらぬ震災の爪痕」 画像1
阿蘇大橋(南阿蘇村)
’70年に完成した長さ約206m、幅8mの大橋。熊本地震で写真左側の山が50万㎡にわたり土砂崩れを起こし、橋は橋脚の一部を残して崩落した。中央に流れるのは黒川だ
 4月16日に起きた最大震度7の震災から2ヵ月あまり。次第に日常生活を取り戻しつつあるように報じられる熊本だが――。
「いやいや、落ち着きなんてとんでもない。半壊状態の建物内にいるのが恐くて、いまでも車の中で生活しているんです。私も毎日、寝不足でウトウトとしながら、熊本市内の会社まで通勤しています」(40代の男性被災者)
 6月12日には震度5弱の余震があったが、同規模の揺れはいつ襲うかわからない。そんな状況では、危険な被災地域にはまだ人も重機も入れない。
 写真の阿蘇大橋も崩落したままだ。車で橋を走行中に土砂崩れに巻き込まれたとされる、熊本学園大4年の大和晃(やまとひかる)さん(22)の行方はいまだわからない。阿蘇大橋から500mほどの場所には、1階部分が潰れ東海大学農学部の学生3人が亡くなったアパートがある。福岡から現場に来た、卒業生の竹下登志輝(としき)さん(24)が声を詰まらせる。
「ここの土地には火山灰がまじり、地盤が軟らかいのは知っていました。でも、まさか潰れるとは……」
 被災者の住宅事情も厳しい。自宅が半壊した80代の女性は、ボランティアの助けで、仮設住宅に引っ越すことができた。
「仮設住宅に移るまでは、2ヵ所で避難所暮らしを経験しました。プライバシーもなく周囲に気をつかってばかりでした」
 全半壊した家屋は2万8000軒にのぼるが、完成した仮設住宅はわずか232戸。いまなお7000人近くの人々が、避難所や車中での生活を強いられている。
現地ルポ 熊本大地震2ヵ月「変わらぬ震災の爪痕」 画像2
黄色のセンターラインの先に広がる橋の崩落現場を、俯瞰で撮影したのが上の写真。土砂崩れで所々に滝もできている
現地ルポ 熊本大地震2ヵ月「変わらぬ震災の爪痕」 画像3
熊本城飯田丸櫓
1607(慶長12)年に完成した熊本城。城主の加藤清正が当時もっとも優れていた石垣職人・穴太衆(あのうしゅう)を呼び築城。余震が続くなか複数の櫓(やぐら)が持ちこたえる
現地ルポ 熊本大地震2ヵ月「変わらぬ震災の爪痕」 画像4
益城町中心部
もっとも被害の大きかった益城町(ましきまち)では町総合体育館の駐車場などで、車中泊を強いられる住民が300人近くいる。県は8200戸の仮設住宅を建てるという
取材/桐島 瞬(ジャーナリスト) 撮影/桐島 瞬 豊嶋孝仁
あなたにオススメ

FRIDAY GOLD

10月18日発売
friday gold