スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」

卓球・石川佳純
水泳・今井月
陸上1万m・鈴木亜由子
レスリング・登坂絵莉 ほか
スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」 画像1
地元に凱旋し、混合ダブルスの試合に出場した際の1枚。父との久しぶりの再会に、笑顔を見せた
「小さいときは私たちが練習している横で、お絵かきや縄跳びをして遊んでいたんですが、小学1年生のころに『私も打ちたい』と言い出したんです。そこからメキメキ上達して、わずか半年ほどで県大会で2位になった。驚いたのは、卓球を始めて間もないころに、いきなり『フリック』を使ったことです。これはボールがバウンドして上がりきったところを払うようにして打つ高等技術で、佳純は教えてもいないのに見よう見まねでやってみせた。
 そのとき初めて、この子は私の想像よりもはるかに強くなるかもしれないと思いました」
 卓球女子日本代表・石川佳純(23)の父・公久さん(52)は、小学生時代から「天才」と騒がれた娘についてそう語る。
 石川は中学2年で日本代表入りし、高校2年生で世界選手権ベスト8入賞。19歳で初出場した’12年のロンドン五輪では団体銀メダルを獲得した。現在の世界ランクは福原愛を上回る、日本人最高の6位。リオ五輪(8月5日開幕)では、個人、団体の双方で活躍が期待されている。
 石川の両親は、福岡大学卓球部の同級生で、卒業後もクラブチームや実業団で競技を続けていたが、石川に卓球を強制したことは一度もないという。
「こんなふうに育って欲しいといった、特別な教育理念はありませんでした。自然にのびのびと育ってくれればいい。それだけです。卓球も親がやらせたわけではありません。ピアノや水泳、バレエなど様々な習い事をやらせたなかで、彼女自ら卓球を選び、どんどん力をつけていったんです」
 その後、大阪のミキハウスJSCからスカウトされた石川は、地元・山口を離れ、単身卓球留学した。四天王寺高校を経て、現在は全農所属。「日本卓球界の宝」と言われる存在になった。
「ロンドン五輪で銀メダルをとったときは、無我夢中だったと思います。だからリオ五輪では、期待に応えようとするあまり、固くならないか心配です。大雑把な性格ですが、感受性は豊かな子ですからね。応援してくれるみなさんへの感謝の気持ちを忘れず、思い切りよくプレーしてほしい。父親として願っているのは、それだけです」
スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」 画像2
小学生の大会で優勝を飾り、地元のチームメートと記念撮影。中央が石川本人
スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」 画像3
両親、祖父母と撮った3歳の七五三の写真を年賀状に

母の死を乗り越えて
スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」 画像4
高校入学後、父(右)の知人が経営する接骨院に通うようになり、コンディションも安定するようになった
「’20年東京五輪の星」と目されていた競泳女子個人メドレー代表の今井月(るな)は、15歳にして早くも五輪の切符を勝ち取った。今井の父・博美さん(50)もまた、特別な指導をするのではなく、サポートに徹してきたという。
「プールサイドから放り込んでも、月はまったく水を嫌がらなかったのを覚えています。いま思えば、天性の素質があったんでしょうね」
 今井は小学2年生でジュニアオリンピックに出場。だが、8歳の誕生日に、最愛の母が不整脈で亡くなるという大きな悲劇に見舞われる。
「家族全員にとって、大きなショックでした。しかし月は、悲しみを打ち消すように、それまで以上に水泳に打ち込むようになった。小さいころはやんちゃでしたが、わがままも言わなくなりました」
 博美さんは岐阜県にある実家から愛知の強豪・豊川高校の練習へ通う今井を、中学3年の1月から3月まで毎週3時半起きで送り迎えし、調理士の資格を活かして野菜嫌いの娘のために栄養バランスの良い夕食を作るなど、支え続けた。
「それでも、私は娘のために『やってやっている』という気持ちはまったくありません。懸命に努力している月を、一歩引いて見守っているという感覚です。実はリオにも、私は応援に行きません。治安が悪い場所なので、月に余計な心配をかけたくないんです」
スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」 画像5
3歳で水泳を始めた今井。水中でもしっかりと目を開けている

勝利への執念が凄かった
スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」 画像6
小学3年生でレスリングを始めると、2年連続で全国大会に出場し、小学5年生で日本一に
スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」 画像7
競技を始めて間もないころから書いている「レスリングノート」
 女子レスリング48㎏級代表・登坂(とうさか)絵莉(22)の父・修さん(53)は、娘のメンタルの強さについてこう語る。
「絵莉は携帯の待ち受け画面を、インカレでライバル選手にフォール負けしたときの写真にしているんです。『見るたびに悔しい。いつもこの悔しい思いを気持ちの中に持っていたい』と言っていました。準決勝で敗れ、3位に終わった今年2月のアジア選手権での銅メダルも、部屋のベッドの一番目立つところにぶら下げています。見るたびに悔しい思いが込み上げてくるのでしょう。親ながら、その勝利への執念には驚かされますよ。
 絵莉がレスリングを始めたのは、小学3年生。実は長男にやらせるつもりで地元の道場に行ったんですが、長男は『嫌だ』と言い、たまたま付いてきた絵莉が『やりたい』と(笑)。私も高校時代までレスリングをやっていたので、技術的な指導はしましたが、無理強いをしたことはありません。『走りに行くか』と聞くと『行く!』と。強くなるためには、努力は惜しまない子でしたね。いまもそのメンタルの強さは変わっていません」
 道場には他に女子はおらず、男子選手に練習で圧倒される日々。しかしそれでも、登坂は一度も「辞めたい」とは言わなかったという。
 世界選手権3連覇中とはいえ、登坂にとって五輪は初の舞台。本人は「出発前から緊張している」というが、修さんはこう期待を寄せる。
「私たち親子のあいだに特別な約束はありませんが、『勝っても負けてもどんどん攻める』ということだけは、ずっと言い続けてきました。リオ五輪では、悔いのないよう攻めまくって欲しいですね」
 リオでのメダルが期待される卓球男子代表の水谷隼(じゅん)(27)は、父・信雄さん(56)が監督を務める「豊田町卓球スポーツ少年団」に5歳から加入した。
「週2回、1回90分。練習時間はそれだけでした。そもそも隼は、幼稚園では水泳、小学校になるとサッカーやソフトボール、そろばん、習字など、卓球以外にも多くの習い事をしていましたからね。隼はスポーツに関しては何をやらせても万能で、その運動神経の良さには驚かされたものです。
 隼が卓球を選んだのは、身近に指導者がいたからでしょうか。卓球なら私に聞けばすぐに教えてもらえますが、サッカーや野球ではそれはできませんからね。小学2年生で日本一になり、小学6年生のころには、もうオリンピックを意識するようになっていたと思います。卒業の際に『卓球一筋』という言葉を残していますから」(信雄さん)
 水谷が卓球で挫折したことはないというが、唯一、4回戦敗退に終わった’12年のロンドン五輪のあとは落ち込んでいたという。直前に出場した全日本選手権の決勝で敗れたショックをひきずったままで、悔いの残る五輪になった。
「今回は全日本で優勝してリオ五輪を迎えるので、モチベーションはまったく違うと思います。隼の存在は、私にとって夢そのもの。色は問わないので、とにかくメダルを取ってきてほしいです」
スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」 画像8
小学6年生の水谷。卒業後は、地元・静岡を離れ、強豪・青森山田中学へ進んだ

娘の活躍が私の幸せ
スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」 画像9
小学校時代は、陸上クラブだけでなく、地元のミニバスケットクラブに所属していた
 なかには、まったくスポーツとは縁のない両親からオリンピアンへと育った選手もいる。
 女子陸上1万m代表の鈴木亜由子(24)の父・信幸さん(58)が言う。
「自営業なもので、学校のない日曜日に娘を預かってくれるところを探していたら、たまたま近くに陸上教室があったんです。本人の意向は関係なく、完全に親の都合でしたね。そしたら、どうしてか素質があったみたいで、中学の全日本選手権で優勝。高校ではケガがあってなかなか活躍できなかったんですが、名古屋大で成績を残すことができ、卒業後は日本郵政が声をかけてくれました」
 鈴木の実家は、愛知県にある100年続く老舗の米屋で、信幸さんはその3代目。鈴木は「旧帝大」出身初の女性オリンピック選手としても話題になった。名古屋大経済学部では「英国金融史」を専攻、才色兼備の美人選手としても知られる。
「私は普通の米屋ですからね。母親も私も、運動なんか全然やったことがなかっただけに、なぜ亜由子がこんなに足が速いのか、いまでも不思議なくらい。突然変異じゃないかと思っています(笑)。してあげたのはお米をたくさん食べさせたくらいで、アドバイスなんてまったくしたことがありません。亜由子も相談するということはなく、黙々と一人で競技に打ち込んでいた。いまでも、『調子はどう?』とラインを送っても既読にすらなりませんからね。小さいときからずっと、私はあの子に楽しませてもらっているだけ。いまでも、小学校の運動会で1等賞になる娘を見て喜んでいるときと同じ感覚なんです。だから、オリンピックでどうこうなんてまったくない。亜由子が楽しんでくれれば、それだけで私たちは幸せです」
 何もしていません――「オリンピアンの親」たちの多くがそう口にしたが、一方で子どもを信じきり、競技に打ち込める環境作りに力を注いでいた。
 持って生まれた才能が重要なのは言うまでもないが、実はそのあたりに、「天才の作り方」のヒントが潜んでいるのかもしれない。
スペシャル企画 リオ五輪注目選手の親が語る「天才の作り方」 画像10
父・信幸さんと母・由美子さん。両親はまったくスポーツと縁がなかったという
PHOTO:夏目健司(鈴木の両親)
あなたにオススメ

FRIDAY GOLD

10月18日発売
friday gold