角界の異端児 貴乃花親方が「大恩人の法要で 黙禱1時間」

「千代の富士お別れの会」には出席せず
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景子夫人とともに北の湖前理事長の法要に参列。受付開始前の午前10時半過ぎに姿をあらわした
 10月2日、川崎大師平間寺(へいけんじ)の講堂には読経が響いていた。350人ほどが参列した北の湖前理事長の一周忌法要。その中に静かに頭を垂れ、1時間もの間、黙禱(もくとう)を捧げる貴乃花親方(44)の姿があった。
 実はその前日、両国国技館では「千代の富士(元九重親方)お別れの会」が開かれていた。松山千春が生歌を披露し、5000人以上が出席する華々しさ。だが貴乃花親方は同会を欠席している。景子夫人(51)とともに「千代の富士」でなく「北の湖」を選んだ形となった理由について、相撲協会関係者は「貴乃花親方らしい」とつぶやく。
「貴乃花親方は北の湖親方を、とても信頼していました。先代(初代・貴ノ花)の付け人をしていたときから、『お父さんのように精進するんだぞ』とかわいがられていましたから。親方になってからは、よく食事に連れて行ってもらったそうです。北の湖親方は大の酒好き。酔うと引き合いに出すのが、幼いころに人質となり織田信長や豊臣秀吉の下で我慢の生活を強いられた徳川家康です。『逆境の時こそ辛抱が大事。家康のように天命をまっとうすれば道が開ける』と諭(さと)していました」
 貴乃花親方にとって最大の逆境は、’10年1月の〝貴の乱〟だろう。二所ノ関一門を離脱して理事選に出馬。貴乃花グループは一門と認められず、事実上の破門となったのだ。協会関係者が続ける。
「窮状を救ったのが北の湖親方でした。’14年から助成金を出すことを理事長権限で決め、一門として認めたんです。貴乃花親方は、この一件に大変感謝している。『私が相撲界にいられるのは北の湖親方のおかげ』と常々語っていました。しかし北の湖親方が亡くなるや、新理事長の八角親方は九重親方と手を組んだ。北の湖親方は九重親方と仲が悪く、八角親方には『ブレるな』と話していたにもかかわらずです。これは『(黒い交際があるとされ理事選に落選した)九重親方の復権を許すな』という意味です」
 今年3月に執行部から外れ巡業部長になり、八角理事長との確執が噂される貴乃花親方。最大の後見人の一周忌で、何を念じたのだろうか。
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手形の入った北の湖前理事長の墓。三回忌までには銅像が建てられる予定だ
PHOTO:原 一平
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