知られざる「天皇の素顔と肉声」を学友が初公開!

「世襲の職業はいやなものだね」
「一生結婚できないのかもしれない」
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臨時国会開会式に臨む。東北の被災地を回るなど公務に対する熱意は以前と全く変わらない
「振り返ってみると、(天皇とは)本当によくケンカしたね(笑)。何度もケンカして、仲直りして。
 それもこれも高等科時代の先生から、『マスコミへの窓口は君があたるように』と言われたからなんだけど、大変な役回りを引き受けたもんだね」
 昭和15年4月、学習院初等科に進学した天皇(82)の同級生となって以降、75年以上にわたり学友として関係を深めている橋本明氏(83)が『知られざる天皇明仁』(講談社刊)を上梓した。
〈鉄棒は苦手だった。逆上がりという単純な運動で最後に二人残る生徒がいる。皇太子(=当時、以下同)と入江為年(ためとし)だった。為年は侍従長相政(すけまさ)氏の息子。シリがどうしても持ち上がらない様子を、他の生徒は退屈そうに眺めていなければならなかった〉(引用は同書より、以下同)
 同窓の橋本氏から見て、少年・青年期の天皇はどちらかといえば情緒不安定、暗い性格で、移り気、勉強嫌いだった。
 こんな話もある。
〈皇太子と井口(いのくち)(道生=学友)らはエロ雑誌を見つけ出し、むさぼるように読み始めた。ヌード写真に群らがっていた一団が散った後、皇太子が雑誌を独占した。やや猫背に身をかがめ、興に乗って読みふける彼は、むしろ初心(うぶ)な清楚さを際立たせた。「つまらないものだけど魅力的だね」と殿下は感想を述べた〉
 父母とは離れて暮らし、多くの取り巻きに囲まれて自由もなく、単調で女性との出会いもない生活を余儀なくされていた。橋本氏は、「同学年生の間で、皇太子ほど陰々滅々な男は他に見当たらなかった。老成して希望もなくくさり切っていた」と書いている。
〈憲法の講義であった。中央付近に席を占めた明仁親王は隣席の橋本を見つめて、ふっと次の言葉を洩らした。
「世襲の職業はいやなものだね」。講義は天皇の項目を扱っていたのである。親王の表情に何かを読み取ろうとして、われ知らず狼狽した橋本の眼には、にこやかに微笑んでいるいつもながらの親王の姿が映った〉
 大学4年となり、結婚適齢期を迎えると、「お后(きさき)探し」が始まったが、旧華族は戦後の混乱で財力に乏しく、新興の資産家は「畏れ多い」と忌避した。
「どこも駄目だ。一生、結婚できないのかもしれない」
 天皇は老け込み、顔色は黒ずんで、気力を失っていった。
〈正田美智子との出会いがこうした皇太子を根底から変えた。
 電話を通じて積み重ねた会話の中で明仁親王は「どのような時でも公務が優先する」と信念を語っていたが、たった一回「家庭を持つまでは絶対死んではいけないと思った」、ポツリと漏らされた。
 悲痛な響き、籠められた寂しさの吐露こそ正田美智子の心を抉(えぐ)ったのだった〉
 美智子皇后と結婚後の天皇は、皇后の助けもあって、「平成流」の天皇像を作り上げていく。
 災害があれば真っ先に駆けつけて膝を折り、被災者と目線を合わせて語り合う天皇に、多くの国民が尊敬の気持ちを抱くようになった。その人柄と肉声の数々が、同書で明かされている。
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橋本氏は学習院大卒後、共同通信入社。記者時代に匿名で月刊誌に寄稿していた連載原稿が、本書の原形になっている
PHOTO:鬼怒川 毅
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