懐かしの大阪万博、『太陽の塔』の内部はこうなっていた!

耐震工事や内部改装で
当時の姿はもう見られなくなる
懐かしの大阪万博、『太陽の塔』の内部はこうなっていた! 画像1
万博終了後に取り壊される予定だったが、保存を望む声が大きく撤去されなかった。いまでは大阪城や通天閣にならぶ大阪のシンボル
「’70年にも万博には来ましたが、当時は、大行列で太陽の塔の中に入ることができませんでした。今回、初めて中の様子を見ることができ、とても感激しています」(内覧会に訪れた客)
 ’70年に開催された大阪万博のシンボルである太陽の塔。岡本太郎の作品として大変有名だが、万博開催時には内部に入ることができ、中には様々な展示物があった。今回、耐震工事と内部の改装工事を行うにあたり、塔内が公開され、限定で一般客も招待された。
 一歩塔の中に入ると、ライトアップされた空間にカラフルな木がそびえる。よく見ると上部には貝や恐竜のオブジェがあり、幹部分には三葉虫の模型が貼り付けられている。
 岡本太郎記念館の客員研究員で『謎解き 太陽の塔』の著書もある石井匠氏が解説する。
「塔の内部には、高さ41mの『生命の樹』があります。根元にあるアメーバから始まって生命の進化の過程を下から上にたどっていく作りでした。木に取りつけられた生物のオブジェは円谷プロが担当し、一部、首などが動くものもあったんです。『生命の樹』のほかにも地下には、宇宙の起源をあらわす展示があり、展示全体で生命の誕生と進化を体感できる作りになっていました。当時の来場者は、外から見たイメージと全然違う内側の様子に驚いていたようです」
 生命の樹のオブジェはかつて292体あったが、いまでは落下したり、取り除かれたりと約30体が残るのみ。
「大阪万博といえば、『太陽の塔』を連想する人も多いですが、当初岡本は、万博の仕事をするつもりはなかったんです。メインテーマの『人類の進歩と調和』についても『人類なんて進歩していない。それは縄文式土器やラスコーの壁画を見ればわかる。予定調和なものが調和ではない、がんがんぶつかりあってこそ調和だ』と岡本流の異議を唱え、納得がいかないようでした。しかし、周囲の人間が、『芸術家は万博とかかわらないほうが良い』『国に荷担するな』などと言い過ぎたため、天邪鬼な岡本は、『皆がそういうなら引き受けてやろう!』となったそうです。その結果できたのが、太陽の塔だったのです」(前出・石井氏)
 太陽の塔は、2018年にリニューアルして一般公開される。新たな太陽の塔も多くの人々を惹きつけることだろう。
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万博開催当時の「生命の樹」。クラゲやアンモナイトなどのオブジェが取りつけられている
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訪れた見学者は1300人。そびえる『生命の樹』を見上げ歓声を上げていた
PHOTO:吉村竜也 読売新聞社/アフロ(2枚目)
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