暴走族の総長だった 作家のぶみが絵本を描き続ける理由

『ママがおばけになっちゃった!』が55万部の大ヒット!
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自身のアトリエにて。のぶみ氏が抱えているのは、デビュー前に創作した650冊の絵本だ
「高校時代、暴走族のリーダーだったんですよ。160人ぐらいいたかな。ボクが考える遊び方がウケたんです。高速道路で花火を撃ち合ったり、消火器をブチまけゴーストバスターズのマネをしたりね。子どもを楽しませる、いまのボクの職業からはとても想像できないと思いますが」
 絵本作家ののぶみ(38)が笑う。彼の作品、『ママがおばけになっちゃった!』(講談社、以下『ママおば』)が絵本としては異例の累計55万部を売り上げている。交通事故で亡くなった母親が、おばけになって4歳の息子を励ますという内容は、作者ののぶみ氏の幼少時の体験を元に着想された。彼の実家がキリスト教の教会で、お葬式のたびによく棺桶の上に座っているおばけを見たというのだ。
「教会の息子だということだけで小学生のころは激しいイジメにあいました。のぶみという本名が女の子っぽかったせいもあるかな。休み時間のたびにプロレス技をかけられたり、トイレの個室で集団で殴られたり……。中学生になると完全に引きこもりになりました。部屋のなかで一日中、手塚治虫さんや森川ジョージさんのマンガばかり読んでいましたよ」
 高校は、地元(東京・大田区)の公立校に進学。これまでのようにナメられてはいけないと、髪を金色に染めピアスを入れた。入学するとすぐに暴走族から「お前も来い」と誘われ、夜通しバイクを乗り回すなど〝大ブレイク〟する。幸か不幸か身長180㎝以上の彼が身体を鍛え始めるとケンカでも相当押しが利いた。
「自分では、仲間とずっと一緒という感覚が楽しかっただけだった気がします」
 高校を卒業するころには、仲間の大半が警察に捕まりチームは自然解散。組織内でダマし合うような関係にもイヤ気がさし、「かわいくて純粋な女性が多そう」という理由で保育士の専門学校に進学する。そこでの出会いが運命を変えた。
「気になるコがいたんです。そのコは『絵本が好き』と言う。だから『オレは絵本を描いているんだ』とウソをついたんです。それから絵本を描き始めました。10枚程度の紙芝居のようなモノです。でも彼女は『面白いよ』と誉めてくれる。嬉しかったなぁ。人生で女性から誉められることなんて初めてだったから、絵本作りにハマってしまいました。3ヵ月ほどして『100冊描いたからつき合ってよ』と告白すると、彼女から『何か賞を取ったらね』と言われて。そこで5つのコンクールに応募したら幸運にも一つ賞を取り、そのコと交際するようになりました。その女性がいまの奥さんです
 のぶみ氏は図書館に通い6000冊の絵本を読み込み、約650冊の作品を描く。だが順調には行かなかった。’99年にデビューし第一作(『ぼくとなべお』講談社)はヒットするも、その後は鳴かず飛ばず。7年間まったく売れなかったのだ。
「あなたくらいの、売れない作家の絵本はウチでは出せないんですよ」
 作品を持ち込んでも出版社から相手にされない。ストレスから髪が抜け落ち、部屋の壁を殴った。トイレで嘔吐したことも。妻の洋子さん(37)が振り返る。
「見ている私もツラかった。どうやって励ましていいのかわからず、泣きながら『慰める言葉が見つからずゴメンね』と話したのを覚えています」
 逆境ののぶみ氏を救ったのは、当時2歳だった息子の勘太郎君だった。
「『パパ、どうしたの?』と聞かれ『絵本がまったく売れないんだ』と答えると、『じゃ、これで遊ぼう』と新幹線のおもちゃを出されたんです。これで気持ちがラクになりました。難しく考えなくていいんだ。子どもが喜ぶような作品を描けばいいんだとわかったんです。まずは新幹線をモチーフにしてみようと」
 そして『しんかんくんうちにくる』(あかね書房・’07年刊)は、シリーズ化する好評作に。『ママおば』も講演会などで2000人以上に読み聞かせをした。
「子どもだけでなく、母親からの反響が大きかったことで手ごたえを感じました」
 夢は国民的キャラクターを絵本から生み出すことだというのぶみ氏。
「ポケモンとかアンパンマンと並ぶキャラ。野望です(笑)」
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高校時代の一枚。サングラスをかけているのがのぶみ氏。ケンカもしょっちゅうだったという
PHOTO:小松寛之
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