連載 斉藤和巳の「エース脳」マウンドから見たドラマの裏側 第35回 一流選手をも悩ます「イップス」とは?

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内川は暴投を機にイップスを発症。二塁から一塁への短い距離の送球にすら、苦しんだ
「どう投げていいのか、わからなくなった」
 ドラフト1巡目でプロ入りしたヤクルトの森岡良介が昨秋、32歳の若さで引退。イップス(精神的な理由による運動障害)に苦しんでいたと告白しました。
 程度の大小はあれ、12球団すべてにイップスの選手がいると言っても過言ではありません。僕が現役の間もチームには必ずイップスの選手がいて、その多くが送球障害でした。胸元へのストライク送球しか捕球してくれない先輩がいて、それがトラウマとなって送球できなくなった野手もいました。いつ、何がキッカケでイップスになるかわからないのです。一流選手でも広島の新井貴浩さん、ソフトバンクの内川聖一らがイップスを経験しています。
 野手なら、送球の負担が軽いファーストや外野にコンバートされて改善するケースもありますが、投手はそうもいきません。
 あるドラフト1位の投手は、投球動作の途中でボールをマウンドにポトリと落としてしまうようになりました。「ボールを持っている感覚がなくなる」というのです。投げ方を変えたりしながら、なんとか投げられるようにはなったのですが、どうしても動作がギクシャクしてしまい、期待に応えられないまま、引退しました。
 イップスになると、人から見られることに重圧を感じるようになります。ある選手は全体練習後、誰もいなくなったグラウンドで、コーチに付き合ってもらってキャッチボールをしていました。「ここに投げろ」とグラブを構えるとプレッシャーがかかるので、コーチは笑顔を交えて好きに投げさせるのですが……どうにもならず、涙を流したそうです。落合博満さんは中日の監督時代、イップスで苦しむ内野手を自宅に呼び、狭い廊下でボールを投げさせて治したと聞きました。「狭い空間でも投げられるんだ」と自信をつけさせようとしたのでしょう。内川のようにメンタルトレーナーをつける選手もいます。常に向き合ってくれる人が必要でしょうね。
 精神的に弱い人がイップスになると考えられがちですが、そうは思いません。ストライクを投げないといけない、構えたところに送球しないといけない――性格が繊細で、真面目な人が陥りやすいんだと思います。僕はイップスとは無縁の図太い性格でしたが、考え方は工夫していました。「捕手が構えたところに全部、投げるのは無理」と開き直るのです。送球も高い球は捕る側も限界がありますが、低い球なら捕れる可能性がある。ショートバウンドになっても「たまにはそんなところにも行くやろ。低く放ったし」くらいに思うようにしていました。もちろん、それで相手が捕球できなくても責めたりはしません。
 気持ちを前向きにすることは、技術を追求するより大変です。ポジティブなメンタルを保つため、自分に都合のいい解釈、逃げ道を用意しておくことが大事なのです。
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さいとう・かずみ●’77年京都府生まれ。プロ通算79勝23敗、勝率.775。右肩の故障に泣かされながらも「負けないピッチング」で沢村賞を2度受賞。太く短く生きたホークス伝説のエース
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